大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所一関支部 昭和48年(ワ)48号 判決 1976年4月19日

原告

朝田厳

ほか一名

被告

有限会社志田運輸

ほか三名

主文

被告有限会社志田運輸、同志田定、同木沢畑高男は各自、原告朝田厳に対し金一、二二六、〇五〇円および内金一、〇七六、〇五〇円に対する昭和四七年八月八日から、原告朝田マレ子に対し金一、一〇一、〇五〇円および内金九五一、〇五〇円に対する右同日からいずれも完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らの右被告三名に対するその余の請求ならびに被告川鉄鉱業株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告川鉄鉱業株式会社との間においては全部原告らの負担とし、原告らと被告有限会社志田運輸、同志田定、同木沢畑高男との間においては、原告らについて生じた費用を四分し、その一を被告有限会社志田運輸、同志田定、同木沢畑高男の負担としその余の訴訟費用は各自の負担とする。

この判決は第一項に限り原告らがいずれも金三〇〇、〇〇〇円の担保を供したときは当該原告に関する部分について仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

「被告らは各自、原告朝田巌に対し金七、九〇四、八〇四円および内金七、四〇四、八〇四円に対する昭和四七年八月八日から、原告朝田マレ子に対し金七、六五四、八〇四円および内金七、一五四、八〇四円に対する右同日からいずれも完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二当事者の主張答弁

一  原告(請求原因)

(一)  本件事故の発生

訴外亡朝田久仁子(以下「被害者」という。)は昭和四七年七月二八日午前八時五〇分ころ岩手県大船渡市大船渡町字新田地内(国道四五号線)の路上交差点において、自転車に乗り南進中、被告木沢畑高男運転の大型貨物自動車(ダンプカー。以下「被告車両」という。)に轢かれ、肋骨、骨盤骨折、内臓破裂の傷害を受け、このため同年八月八日死亡した。

(二)  事故の態様、被告木沢畑の過失

被害者は本件事故の直前右交差点北側手前の停止線上で自転車に跨つたまま停止し、信号待ちをしていたが、信号が進め(青)に変つたので再びペタルを踏んで前進を開始した。ところが被告車両を運転し被害者の右側に同様信号待ちのため停止していた被告木沢畑は不注意にも被害者の存在に気付かず、右交差点を左折しようとした過失により、直進中の被害者に加害車両前部を衝突させて被害者を路上に転倒させ、そのまま自車前部で被害者を押した形で進行するうち被害者が被告車両の前車輪の間から車体の下に入り、これを車体下部で押しつぶした結果前記傷害を負わせた。

(三)  被告らの責任

(1) 被告木沢畑は直接の不法行為者として民法第七〇九条による責任を負うべきである。

(2) 被告志田運輸は本件被告車車両の保有者で且つ被告木沢畑の使用者であるから、右車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条による責任を負うべきである。

(3) 被告志田定は、実質上は同人の個人経営ともいうべき被告志田運輸の代表取締役として同会社の自動車運転手の選任解雇を行つていたものであり、被告木沢畑についてもこれを監督すべき地位にあつたのでその代理監督者として民法第七一五条第二項による責任を負うべきである。

(4) 被告川鉄鉱業は被告志田運輸との間に専属的運送契約を結び、自社の鉱石(石灰石)をこれに気仙郡住田町所在の自社が管理する鉱山から、自社の占有支配する大船渡港の集積所まで運送させていたもので、その内容は、自己の支配する一定の場所から他の場所への貨物の移動であり、その中間に公道が介在するほかは、同一工場内の搬送と異るところはない。他方被告志田運輸はこれによつて被告川鉄鉱業の重要な作業部門の一部を請負担当し、これが被告志田運輸の業務の殆んど全部を占めていたものであり、その自動車の運行はすべて被告川鉄鉱業によりこれを支配されていた。そして本件事故はこのような運送契約に基づき被告志田運輸が被告川鉄鉱業の石灰石を運搬中に生じたものであるから、被告川鉄鉱業も又本件加害車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条による責任を負うものである。仮にそうでないとしても、同被告は民法第七一五条第一項によりその使用者としての責任を負うべきである。

(四)  損害

(1) 被害者の損害

(イ) 逸失利益 金一四、四〇九、六〇八円

被害者は昭和二八年三月一日生れで死亡当時一九才の健康な女子であつて、東北薬科大学二年に在学中であり、卒業後は薬剤師として稼働することになつていた。従つて昭和五〇年三月右大学を二二才で卒業し、それと同時に六五才まで四四年間薬剤師として稼働するものとして計算すると、第二回日本統計年鑑第二八二表(昭和四八年四月現在)によれば、平均年令三三・三才の薬剤師の平均給与月額は毎月きまつて支給を受け得る給与金八九、三七五円、時間外手当金五、一六三円、役付手当金五七四円の合計金九五、一一二円となつており、又賞与等の特別給与は賃金センサスによれば、少なくとも年間二ケ月分の給与額が支給されているので、これをも加え、更に昭和五〇年春闘による一四・九%のベースアツプ分を加算した合計から生活費としてその二分の一を控除し、これをライプニツツ式計算法により中間利息を控除した金額から被害者の大学卒業までの学費生活費の死亡時における現価一、〇〇〇、〇〇〇円を控除すると被害者の逸失利益は金一四、四〇九、六〇八円となる。

95,112×(1+0.329)×(1+0.149)×(12+2)×(1-0.5)×(17.880-2.723)=15,409,608

15,409,608-1,000,000=14,409,608

(ロ) 慰藉料 金三、〇〇〇、〇〇〇円

被害者は本件事故により重傷を受け一二日間苦しみ続けた結果将来ある人生を失つたものでその精神的苦痛に対する慰藉料は右金額が相当である。

(2) 原告らの損害

(イ) 葬儀料 金二五〇、〇〇〇円

原告朝田巌は昭和四七年八月一一日行つた被害者の葬儀のため右金額を支払つたのでこれを同原告の損害として請求する。

(ロ) 慰藉料 各金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告朝田巌は被害者の父、原告朝田マレ子はその母であるが、原告らが受けた精神的損害に対する慰藉料はそれぞれ右金額が相当である。

なお、後記のように原告らは被害者の前記各損害金を相続したものであるが、慰藉料についての後記の相続が認められないとすれば、原告ら個有の慰藉料は各金二、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五)  原告らは、被害者の被告らに対する前記四(1)の各損害賠償請求権をそれぞれ二分の一の割合で相続により取得した。

そこで被告らに対し原告朝田巌はその個有の損害に右の相続により取得した合計金九、九五四、八〇四円原告朝田マレ子はその個有の損害に右の相続により取得した合計金九、七〇四、八〇四円の各損害賠償請求権を有すべきところ、本件事故について原告らは自動車損害賠償責任保険金として金五、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、又被告志田運輸から金一〇〇、〇〇〇円を受領しているので、これの各二分の一を原告らの右請求金額からそれぞれ控除すると原告朝田巌については金七、四〇四、八〇四円、原告朝田マレ子については金七、一五四、八〇四円となる。

(六)  原告らは本訴提起のため弁護士である原告訴訟代理人に訴訟委任したが、これに要する費用のうち原告ら各自につき金五〇〇、〇〇〇円が本件と相当因果関係にある損害というべきである。

(七)  そこで被告らに対し原告朝田巌は以上合計七、九〇四、八〇四円およびうち弁護士費用を除く金七、四〇四、八〇四円に対する被害者の死亡した昭和四七年八月八日から、原告朝田マレ子は以上合計七、六五四、八〇四円およびうち弁護士費用を除く金七、一五四、八〇四円に対する右同日から、いずれも完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告志田運輸、同志田定、同木沢畑高男三名

(一)  請求原因(一)の事実および、被告木沢畑が本件事故の際原告ら主張の交差点を本件被告車両を運転して左折したこと、被告志田運輸が当時右車両の保有者であり且つ被告木沢畑の使用者であつたこと、被告志田定が被告志田運輸の代表取締役であつたこと、被害者が本件事故当時一九才の女子で、東北薬科大学二年生であつたこと、同人の葬儀が昭和四七年八月一一日に行われたこと、原告朝田巌が被害者の父、原告朝田マレ子がその母であること、原告らが本件事故に関し自動車損害賠償責任保険金として五、〇〇〇、〇〇〇円および被告志田運輸から金一〇〇、〇〇〇円を受領していることは認める。被告志田定が被告木沢畑について代理監督者の立場にあつた事実はない。

(二)  本件事故は、本件被告車両が左折中に起きたものであり、自転車に乗つている被害者が右車両の左側に接触していることからみて、被害車の一方的な過失にもとづくものであり、被告車両を運転していた被告木沢畑には過失はない。即ち、被告木沢畑は、前記交差点最前列で赤信号のため停止し、左折の合図をしながら青信号に変わるのを待ち、青信号になると同時に左方前方の交通を確認して発進したが、被告車両は重量車のため発進そのものも、又発進後の速度も鈍く一度右折するように右に出てのろのろと左折したもので、一方被害者の自転車は発進もその後の速度もこれに優るから被害者が通常の進行をしていれば、被告車両よりはやく交差点を通り抜けられた筈である。それが本件事故に至つたのは、被害者が被告車両の左折の合図を見ることなく、それが一度右廻りしたことから、被告車両が直進もしくは右折するものと誤解したものと思われる。なお、被害者が自転車で被告車両より先に右交差点を通過するには、信号待ちの際歩行者と同じ方法で横断歩道上を渡るべきであつて、前記のように被告車両の左側を追い越そうとしたことは道路交通法の左側追越禁止の規定に違反し被害者の過失というべきである。

従つて仮に被告木沢畑に何らかの過失があつたとしても被害者の右過失からみて同被告の過失割合は五割を上廻ることはないのでこの点の過失相殺が考慮されるべきである。

(三)  本件事故の発生は昭和四七年七月二八日であるから被害者の逸失利益算定の基準としては昭和四六年度の女子労働者の平均賃金(年額)金五九八、二〇〇円(ホフマン係数二二・九二三)が適用されるべきであり、その生活費として二分の一を控除し、又葬儀料は金二〇〇、〇〇〇円、慰藉料金三、〇〇〇、〇〇〇円が相当であるところ、これらの合計は金一〇、〇五六、二六九円となりこれについて五割の過失相殺を行うとその損害額は金五、〇二八、一三四円となるが、原告らは既に本件事故に関し自動車損害賠償責任保険金五、〇〇〇、〇〇〇円と被告志田運輸より金一〇〇、〇〇〇円を受領しているので、その損害のすべてが賠償ずみとなつている。

三  被告川鉄鉱業

(一)  請求原因(一)の事実ならびに被害者が昭和二八年三月一日生れの事故当時一九才の女子であつて東北薬科大学二年生であつたこと、原告朝田巌が被害者の父であり、原告朝田マレ子がその母であること、原告らが本件事故に関し自動車損害賠償責任保険金五、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認める。

(二)  本件事故当時被告川鉄鉱業が、被告志田運輸に荷物の運送を依頼していたことはあつたが、両者は単なる荷主と運送業者の関係に過ぎず、被告川鉄鉱業が本件加害車両の運行供与責任を負ういわれはないし、ましてや同被告が被告志田運輸ないし被告木沢畑の使用者責任を負うことはあり得ない。

第三立証〔略〕

理由

一  本件事故の発生

被害者朝田久仁子が昭和四七年七月二八日午前八時五〇分ころ、岩手県大船渡市大船渡町字新田地内の国道四五号線上の交差点において自転車に乗り南進中、被告木沢畑運転の被告車両に轢かれ、肋骨および骨盤骨折ならびに内臓破裂の傷害を受け、同年八月八日死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告川鉄鉱業の責任の不存在

証人生末武徳同村田光明の各証言ならびに被告木沢畑高男同志田運輸代表者兼被告志田定各本人尋問の結果によれば、被告川鉄鉱業は被告志田運輸との間に、昭和四五年以来前者を運送委託者、後者を運送者とする継続的運送契約を締結し、被告志田運輸に被告川鉄鉱業所有の石灰細石およびその粉末を貨物自動車で運搬することを委託しており、本件事故当時右契約にもとづいて被告志田運輸の従業員である被告木沢畑が被告車両を運転し石灰細石の運搬に従事していたものであることが認められるが、右の運搬作業に関し被告川鉄鉱業が被告志田運輸の従業員を直接指揮監督したり、本件被告車両を含むその運搬車両に自己の名称を表示させるなどその運行を支配していたことを推認せしめるような事実やこれについてその運送契約上通常受け得る利益の外に特別の運行利益を得ていたとみるべき事情はうかがわれないうえ、更に右の運送契約を離れてみても同被告が被告志田運輸の経営、人事管理等に関与していたような一般的事情も認められないのである。従つて、前顕各証拠によれば右運送契約にもとづく石灰石等の運搬が被告志田運輸にとつてその営業内容の殆んど全部を占めていたことは、原告指摘のとおりであるけれども、他方これを被告川鉄鉱業の側からみれば、同被告は前記のような石灰石等の運搬を三つの運送会社に委託していて被告志田運輸はその一つに過ぎず、このような運送契約の存在のみをもつて直ちに原告が主張するように被告川鉄鉱業が被告木沢畑の使用者としての地位を有するものと言えないのは勿論のこと、本件被告車両の運行支配ないし運行利益を有していたとも言えないので、本件事故について被告川鉄鉱業に損害賠償責任ありとする原告の主張はいずれも採用できない。

三  本件事故の態様

証人及川菊三郎、同清水均、同千葉福三郎の各証言、当裁判所の検証の結果、被告木沢畑高男本人尋問の結果ならびに成立に争いのない乙第一号証の一ないし一一によれば被告木沢畑は本件事故当日岩手県気仙郡住田町近くの長岩地内で石灰細石を大型貨物自動車(ダンプカー)である被告車両に積載し、これを大船渡市赤崎町の岸壁まで運搬する作業に従事していたものであるが、本件事故はその二回目の往路、荷台に石灰細石を満載して走行中の出来事であつて国道四五号線を大船渡市盛町方面から国鉄大船渡線大船渡駅方面に向け進行し前記交差点に至るかなり手前から同交差点で左折することを示すための表示ランプを点滅させて合図をしながら、交差点に近づいたところ、赤信号となつたため、横断歩道手前の停止線付近で同一方向に進む車両の最先頭の位置で停止したその際同被告は後方から進行して来た被害者が被告車両の左側に自転車にまたがつたまま停止したのに全く気づかなかつたこと、次いで同被告はバツクミラーにより左後方に停止している自動二輪車(被害者の自転車の後続車両)がそのまま停止を続ける様子を確認したうえ青信号に変わると同時に発進し、右交差点内をやや大廻りに同市赤崎町方面に向け左折を開始したが、被告車両が赤崎町に通じる左折道路の横断歩道上を通過した際なにかに接触した音を感じ、これを確認すべく左右のバツクミラーを覘いたものの、特に障害物らしき物も見当らなかつたので、そのまま九メートル程進行し、その地点で一応停止して運転席右側窓から顔を出し後方を確認したところ、被告車両の右後車輪付近に倒れている被害者を発見したこと、一方被害者はこれより先、右国道四五号線を自転車で被告車両と同一方向に走行し、前記交差点手前に差しかかつたところ、赤信号となつたため、これにより同交差点の停止線付近から被告車両を先頭にして停止していた三台の自動車とその左側の歩道縁石との間(一・五ないし二メートル位)を通り抜け、被告車両の先頭部分とほぼ並列にまで進み、左足を歩道縁石に乗せて停止したこと、次いで同人は青信号に変わると同時に被告車両と殆んど時を同じくして発進し、国鉄大船渡駅方面に直進するべく右交差点の左側を中程付近まで進行した際、左折して来た被告車両の左側先頭部分と衝突し横倒しとなり、そのまま進行を続ける被告車両の左右前車輪の間に入り込む形となつて、その後車輪で轢かれたものであることが認められる。

四  被告川鉄鉱業を除く被告らの責任

被告木沢畑としては、右交差点において赤信号のため停止するに当り、前記のように自車と歩道縁石との間を自転車などが後から入り込んで来る余地を残して停止していたのであるから、停止後発進までの間に後方から自転車、オートバイ等の車両が進入して来ていないかを常にバツクミラーを通じて確認し、若しそのような車両があつたならば、自車を左折させるに当り、その動静に注意し、これが確実に自車の左折完了まで交差点内に進入しないことを確認したうえで左折をなすべき注意義務があると言うべきであつて単に前記認定のように左折の表示ランプを点滅させてその合図をしただけでは、その注意義務を全うさしたものとは言えないと考える。そうであれば被告木沢畑は被告車両を前記交差点手前に停止させた後間もなく被害者が自車の左側に入り込んで来たのを見落したため、発進左折に当つては、単にバツクミラーで左後方に停止していた自動二輪車(被害者の自転車の後続車両)の動静のみを確認しただけで自車左前部脇にいた被害者の存在に全く気づかないまま慢然左折を開始し本件事故に至つたものであるから、被害者にも後記のような不注意の点は存するけれども、本件事故について被告木沢畑に過失のあることは否定できず、同被告は不法行為者としての損害賠償責任を負うべきである。

そして被告志田運輸が本件事故当時被告車両を運行の用に供していたことは原告らと被告志田運輸との間に争いがなく前記認定事実に照らせば、被告志田運輸につき自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由ありとする同被告の主張は理由がないので、被告志田運輸は同法第三条本文による損害賠償責任を負うものである。

又証人生末武徳の証言によれば、被告志田運輸はその出資を被告志田定とその妻、母等が分担している経営規模の小さないわゆる同族会社であつて、被告木沢畑を含む従業員たる運転手の選任監督もその代表取締役である被告志田定が自らこれに当つていたことが認められ、同被告が使用者である被告志田運輸の代理監督者の立場にあつたものというべきであるから、被告志田定において被告木沢畑の選任監督につき相当の注意をしていたことないし相当の注意をしたがなお本件事故が発生したことについて何らの主張立証のない本件においては、同被告も又民法第七一五条第二項により本件事故による損害賠償責任を負うことになる。

五  被害者の過失

前記認定の事実関係によれば、被害者としては通常の注意を払つていたならば、本件事故現場である交差点に到着する以前において、被告車両が同交差点で左折するべくその合図のため表示ランプを点滅していたのに気づいた筈であり、それに気づいていれば、被告車両に遅れて右交差点に到着した被害者としては、被告車両の左折を妨げないよう注意すべき義務を有していた(なお、道路交通法第三四条第五項参照)というべきところ、被害者のその後における発進状況をすると、被害者は被告車両の左折合図に全く気づかなかつたか或いはそれに気づいたが自己が被告車両の左折以前に右交差点を通過できるものと軽信していたかのいずれかであつたと思われるが、そのいずれであつたとしても被害者の過失は否定し難いところであつて、これと前記認定の被告木沢畑の過失との割合は、各五割とみることが相当である。

六  損害

(一)  被害者の逸失利益

被害者が本件事故による死亡当時一九才(昭和二八年三月一日生)の女子であつて、東北薬科大学二年生であつたことは当事者間に争いがなく特に反対事情の認められない本件においては、被害者は本件事故に遭遇しなかつたならば、昭和五〇年三月に二二才で右大学を卒業したものというべきである。そして原告朝田マレ子本人尋問の結果によれば、被害者は大学卒業後は薬剤師として勤務稼働する希望を有していたことが認められるところ証人佐藤寿郎の証言ならびにこれによつて真正に成立したものと認める甲第七号証および被告川鉄鉱業を除くその余の被告につき成立に争いのない甲第八号証によれば被害者が在学していた東北薬科大学にあつては被害者と同年度に入学した女子学生の昭和五〇年四月実施された薬剤師国家試験の合格率は八三パーセントであつて、被害者がその在学中の成績(七九名中三八位)の程度を卒業時までそのまま維持したとすれば右の国家試験に合格することはほぼ確実と認められるので、特に被害者の成績が卒業時にこれより著しく低下すると認めるべき事情の存しない本件にあつては、被害者は、本件事故に遭遇しなかつたならば、右試験に合格しそれと同時に薬剤師の資格を取得したものとみることが相当である。そうであれば、被害者の逸失利益を算定するについては、薬剤師の全国平均給与を基準とすることが妥当であり成立に争いのない甲第六号証(総理府統計局作成第二四回日本統計年鑑二八二表――職階および職種別従業員数平均年令および平均給与月額)によれば、平均年令三三・三才の薬剤師の昭和四八年四月における平均給与は毎月きまつて支給する給与が金八九、三七五円、時間外手当が金五、一六三円、役付手当が金五七四円の合計金九五、一一二円であり、更にこれに賞与等の特別給与として年間二ケ月分の給与額が加算されるべきものとする原告の主張は、昭和四八年度の賃金センサスにより十分肯首し得るところであるから、右の毎月きまつて支給される給与の二ケ月分を加えることとし、これをもつてその基準とすべきである。なお原告が右給与について昭和五〇年における、いわゆる春闘によるベースアツプ分を加算すべきものと主張する点は、本件被害者の給与にこれをどの程度反映させるべきかについて証拠上明らかでないので採用し難い。

そして前記試験(第四八回薬剤師国家試験)が厚生省により昭和五〇年四月二日および三日の両日実施され同月三〇日その合格者が確定したことは公知の事実であり被害者は同年五月から薬剤師として稼働し得た筈であるところ、その稼働期間を右時点(被害者の年令二二才)から六五才まで四三年間とする原告らの主張は、厚生省作成の生命表により認められる被害者の余命年数ならびに薬剤師という職種からみて相当であるから被害者は本件事故三年を経過した時期から四三年間にわたり稼働し得たものとし、同人の生活費として前記各給与額の五〇パーセントを差引いた金額を基準として、これについてライプニツツ方式により中間利息を控除して計算することとし、なおこれから原告らが肯認する被害者の死亡により原告らが支払いを免れた同人の稼働開始時までの学費を含む生活費金一、〇〇〇、〇〇〇円を控除するとその総計は

(95,112×12+178,750)×1/2×(17.8800-2.7232)-1,000,000=9,004,200

金九、〇〇〇四、二〇〇円となる。

(二)  慰藉料

被害者死亡による精神的損害は前記認定の同人の年令、生活状況、将来性その他諸般の事情を総合考慮すると、被害者個有の慰藉料としては金三、〇〇〇、〇〇〇円が相当であり原告朝田巌が被害者の父、原告朝田マレ子がその母であることは当事者間に争いがないところ原告らの慰藉料としては各金一、〇〇〇、〇〇〇円とみることが相当である。

(三)  葬儀料

原告朝田マレ子本人尋問の結果によれば、原告朝田巌は被害者の葬儀費用として金二五〇、〇〇〇円を支出したことが認められ、右は被害者が一九才の未婚の学生であつたことを考慮しても、相当の範囲内のものとみることができる。

そこで右各金額について前記のような被害者の過失割合にかんがみ五割の過失相殺をなしたうえ、原告らが被害者の前記逸失利益ならびに慰藉料を各二分の一の割合で相続したものとすると原告らはいずれもこれにより被害者の被告らに対する金三、〇〇一、〇五〇円の損害賠償請求権を取得したことになり、これと原告ら個有のものとを合算すると原告朝田巌にあつては金三、六二六、〇五〇円、同朝田マレ子にあつては金三、五〇一、〇五〇円の損害賠償請求権を有するものということができる。

七  しかしながら本件事故に関し原告らに対し自動車損害賠償責任保険金として金五、〇〇〇、〇〇〇円が支払われていることは当事者間に争いがなく、又本件事故に関し原告らに被告志田運輸から金一〇〇、〇〇〇円が支払われていることは原告らと被告川鉄鉱業を除くその余の被告らとの間に争いがないので、これを各二分の一の割合で原告らの右金額から差引くと、原告朝田巌については金一、〇七六、〇五〇円、原告朝田マレ子にあつては金九五一、〇五〇円となる。

なお、原告らが本件訴提起に当り弁護士である原告訴訟代理人に訴訟委任をしたことは当裁判所に顕著な事実であり、これに要する費用のうち請求認容額からみて、原告らそれぞれについて金一五〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係にある費用というべきである。

八  そこで、原告らの本訴請求は被告川鉄鉱業に対する関係については失当であるからこれを棄却することとし、その余の被告に対する関係については原告朝田巌が金一、二二六、〇五〇円および弁護士費用を除く内金一、〇七六、〇五〇円に対する被害者の死亡した昭和四七年八月八日から又原告朝田マレ子が金一、一〇一、〇五〇円および同様内金九五一、〇五〇円に対する右同日からいずれも完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 長崎裕次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例